エスポワールの地下には、ワインを保管・熟成させるためのワイン庫があります。
そこで出番を待つワインは2500本程で、今か今かとお客様から指名されるのを待っています。私がワインを扱う立場から感じるその魅力とは、まず味わいです。
やはり、土壌・気候と栽培家の力によって、個性豊かに育ったブドウは醸造家によってワインという形に変えられます。さらに、時間が味を変化させ、芸術とも言われる味わいを醸し出します。
ワインは飲む人を存分に楽しませてくれます。それだけでなく、ワインにとってのもう一つの楽しみは、ワインにまつわるストーリーや歴史、いわゆるうんちくもあります。
ワインは多くの小説などに登場したり、映画に出てきたりと様々なシーンで使われています。それだけ見た目でも人にいろいろな印象を与えるのだと思います。
当店にも、逸話のあるワインが多く眠っています。その中のいくつかをご紹介致します。まずはエスポワールの家宝とも言える銘柄『1966年La Tache』です。
ご存じの方も多いかもしれませんが、このワインは、フランス・ブルゴーニュ地方の
ロマネコンティ社が単独で持っている畑から出来るものです。作柄問わず、安定した味わいと力強さを持つことからロマネコンティのわんぱくな弟とも例えられ、その味わいは時に、ロマネコンティを凌ぐほどです。ロマネコンティとこのラターシュを飲むなら後者を選ぶという人も多くおり、それほど味わいも安定しているということです。
このヴィンテージのラターシュは、開高健著書(短編小説)『ロマネコンティ一九三五年』の中でも登場します。
この話は、会社重役と小説家の男2人が、ロマネコンティ1935年をグラスに注ぎ、その味わいを過去の記憶とともに表現していくといったものです。この小説は、ロマネコンティのオーナーであるヴィレーヌさんも「完璧な表現である」と評価しています。その中で男性2人は、ロマネコンティを味わう前に1966年のラターシュを飲んでいます。
そして「いい酒だ。よく成熟している。肌理が細かく、すべすべしていて、くちびるや舌に羽毛のように乗ってくれる。
ころがしても、漉しても、砕いても、崩れるところがない。さいごに咽喉へごくりとやるときも、滴が崖をころがりおちる瞬間に見せるものをすかさず眺めようとするが、のびのびしてしていて、まったく乱れない。若くて、どこもかしこも張りきって、潑刺としているのに、艶やかな豊満さがある。円熟しているのに清淡で爽やかである。つつましやかに
微笑しつつ、ときどきそれと気づかずに奔放さを閃かすようでもある。咽喉へ送ってきえてしまったあとでふとそれと気がつくような展開もある。」と味わいを言っています。
この話のなかでは、1966年ラターシュを1972年に飲んでいるので、まだ若いという表現がでています。それから50年経ちますがその味わいは、どのようになっているのか想像するだけでわくわくします。これもワインの楽しさです。
もう1つの銘柄は『1982年シャトー・シュヴァル・ブラン』です。
このワインは、フランス・ボルドー地方サンテミリオンにある畑から作られます。通常この地区から作られるワインはメルロー種が中心で、ボリューム感や滑らかさが出るものが多いのですが、このシャトーはカベルネフランの栽培に非常に向く土壌で、そのワインのスタイルは、滑らかでコクも感じ、他のシャトーには無い気品を持っています。
よく、『絹のような舌触り』と例えられます。その為、このワインのファンは世界中にたくさんいます。このワインと同じヴィンテージではありませんが、1947年ものが映画の中に出てきます。
この年は今や伝説とまで言われる、シュヴァルブランにとって最高のヴィンテージです。
エスポワールのセラーに眠る1982年も負けず劣らずの出来で、著名なワイン評論家も同等の評価をしています。
私もまだ、1947年ものは扱ったことはありませんが、ソムリエにとって夢のワインです。そのワインは『レミーのおいしいレストラン』というアニメーション映画の後半で登場します。料理好きのネズミ(レミー)が料理経験のない青年と素晴らしい料理を作り、評判になるのですが、その噂をききつけ辛口料理評論家がその味を試しに来るといった
おもしろおかしい内容です。ストーリーの中で、2回ワインの登場がありますが、1つは『1947年シュヴァルブラン』ともう一つは『1961年シャトー・ラトゥール』です。これは20世紀最高のワインと言われています。よく見ていると映画の中でもワインにこだわっているのがわかり、より楽しくなります。『1947年シュヴァル・ブラン』は料理評論家グストーが、料理が出来上がるのを待っている間に注文をし、そのワインに合わせて出されたのが『ラタトゥイユ』です。
この料理は、トマトやタマネギ・ズッキーニ・にんにく・ナスなどをオリーブオイルで炒め煮にして、タイムなどのハーブで香り付けしたシンプルな料理です。ご家庭で作られる方も多いのではないかと思います。
この料理の登場を見た時に「なるほど」と感心しました。ラタトゥイユは、野菜の甘味を活かしたもので、そこにトマトからの酸味が加わり、いくらでも食べれてしまうほどバランスのとれた味になります。また、野菜の味はワインとうまく調和し、互いを引き立て合います。そのような事を考えていると、より楽しく思えてきます。また、ラタトゥイユとのマリアージュによって、逆に味わったことのないワインの味を想像するという楽しさもあるのではないかと思います。(特殊かもしれませんが・・・)偶然にも当店のシェフもラタトゥイユが大好物で、農家さんからの野菜が手に入るとよく作ってくれました。
これがまた絶品です!!
その度、シュヴァル・ブランと合わせてみたいなと思ってしまいます。
今回は、エスポワールの地下で眠っているワインにまつわる話をさせて頂きましたが、ワインには多くの楽しみが隠れています。