エスポワールでは毎シーズン、狩猟期(11/15~2/15)に仕留められた野生の食材を使って生ハム作りをしています。
仔猪、鹿、熊、真鴨などを使います。冬場の信州の寒さと湿度が少なく乾燥した気候が、
ベーコンや生ハム作りには適しているという事で、エスポワールがオープンした
98年から毎年仕込みをしています。
シェフが作る生ハムは、ソミュール液(スパイス・塩・砂糖などを使った調味液)に
漬け込みをし、お肉の塊の芯まで味が染み込んだところで、お肉を押して熟成させていきます。
自然の気候を利用するので、温度チェックは常に必要です。
寒くなりすぎるとお肉が凍って熟成はストップしてしまいますし、暖かくなると熟成が
進みますので、仕上がりの味もその年の気候に左右されワインと似ています。
さらに野生の食材を使うので個体差もあり、毎年の味を楽しみに来店されるお客様も多く
いらっしゃいます。
今シーズンのジビエ生ハムは盛り合わせにしてお楽しみ頂いており、仔いのしし・
ツキノワグマ・鹿の3種類です。
見た目にもその違いははっきり出ており、仔いのししは他の2種類と比べると淡い色で
脂身があります。鹿と熊は、鉄分が多く黒に近い赤茶色をしていますが、
熊には脂身がのり、鹿は程脂身はありません。(これは部位にもよります)
ジビエ生ハムは、オードヴルの前に召し上がる方が多く、赤身肉は赤ワインとの相性が
とても良いです。今回は蒸留酒との相性です。
蒸留酒というと様々な種類がありますが、ご紹介するのは『Kikyo Brandy』です。
このお酒は、ぶどうの産地として歴史もあり、またワインも素晴らしいものを産む塩尻市
で造られています。さらに驚くのは、ボトルをよく見ると製造元は
『長野県塩尻高等学校』と書かれています。そうです。高校で造られたブランデーです。
今は『長野県立志学館高等学校』と名前が変わっています。醸造学を学ぶことの出来る
学科があり(全国でも珍しいです)
そこでは、マスカットベリーA、メルロー、ナイヤガラなどのブドウからワイン造りを
しています。実はシェフがこの志学館高校の非常勤講師を務めており、まだワインの味見
の出来ない生徒たちにワイン用ブドウを使った調理実習をしました。
この時は、鶏肉をソテーし、そのソースにワイン用に搾ったブドウジュース
(フリーランジュース)を使いました。ワインは飲み物として造られますが、
料理にとっても大事な味の要素になり、そういった料理はまたワインとの相性もよく
なります。またこの高校にはワインの地下貯蔵庫があり、歴史を感じる雰囲気と
寝かされているボトルは、一升瓶などもあり、かなりの年数が経っています。
塩尻市のワインの歴史は戦争と関わりがあり、ワインに含まれる酒石酸という
成分を結晶化させ、レーダーの部品に使っていたそうです。この高校で造られた
ワインの酒石も軍へ納めていました。
歴史もあり、エスポワールとも繋がりのあるこの高校のブランデーは、茶色の
ガラス製ボトルに詰められ、見た目はとても可愛らしい形に入っています。
グラスに注いだ色は、想像するブランデーのような琥珀色ではなく、無色に近いの
ですが、果実香は強く色から察する通りで、樽香はあまり感じず初めて味わうタイプの
ブランデーで、どこか焼酎に似た雰囲気を持っています。ジビエ生ハムに一般的な
ブランデーを合わせるとブランデーの樽の雰囲気が強すぎてしまい、ジビエ生ハムの
香りを完全に消してしまいます。このKikyoブランデーを合わせると、フルーティーな
果実の香りが赤味肉と違和感なく混ざり合い、交互に口に含みたくなる衝動にかられます。
どちらも少しずつ味わいたい深みのある味です。
蓼科の寒い冬に時間をかけて自然が作りだした味を歴史ある産地で学生たちが育てた
ブドウから出来たお酒を思いながら味わうとまた、より深みが増して感じられ、
食事の時間をさらに充実させてくれるでしょう。
ソムリエ 野村 秀也