フランス料理にはデクパージュというお客さまの前で料理の盛り付けや、お肉料理の切り分けを行う料理提供方法があります。
その昔フランスでは、城主が剣裁きの腕を見せるために、招いた客人の前で調理されたお肉を切り分けたのが元々のルーツと言われています。
レストランでは、店のメートル達が練習を重ねて、鮮やかな手つきでワゴンで運ばれてきた料理を盛り付けサーブしていきます。
その演出はまさにフランス料理の醍醐味の一つです。
私が印象に残っているのは、フランスのアルザス地方ビュールイゼールというレストランで食事をした時のことです。
エスポワールをオープンさせるにあたって、シェフがさまざまなレストランやホテルなどを参考にレストランの外装、内装をイメージをしていったそうですが、エスポワールのサンルームの雰囲気は、ビュールイゼールの店内から見るサンルームのイメージを取り入れたそうです。
そんなレストランのダイニングで、すぐ隣のテーブルでサーブしていたのがベッケオフという地方料理でした。陶器製の大きな蓋つきの鍋にお肉などの具材とスープがはいっていました。それをスーツを着た男性サービスマン2人が、煮込まれた鶏丸1羽を取り出し、スピーディーに切り分け、ぴったりの呼吸で1人分づつ器に盛り分けていました。その動きは無駄がなく、私も隣のテーブルにいながらも見入ってしまいました。
サーブられているお客様もとても楽しそうにその動きを見ていたのが鮮明に記憶に残っています。まるでショーを見ているようでした。
エスポワールには、年2回ほどお越しになる常連のお客様がいらっしゃいます。
大変な美食家で、料理もワインもお好きで毎回お食事を楽しんで行かれます。ご来店いただくたびに料理やサービスにアドバイスをくださり、時には愛のあるお叱り(笑)を受けることもあります。
数年前2連泊で来られていたそのお客様に、翌日のお料理の相談をした時のことでした。
「明日のディナーは鴨1羽お願いしたい。あなたのデクパージュがみたい。」と言われたのです。私も一瞬ドキッとしました。鳥類の丸ごとのデクパージュは経験がなかったからです。しかし厨房時代に雛鳥やうずらなどを捌いた経験があったので、鴨も基本的な構造は同じだろうと「わかりました。ご用意いたします。」と返事をしました。その晩は、参考書籍を何度も見ながらイメージをし、鴨1羽を準備することはできないため、野菜などを使って練習をしました。
そして当日を迎えました。デクパージュサービスをするための事前準備、ホールメンバーと打ち合わせ、厨房との流れを確認し、いざ本番です。もちろんナイフも厨房時代から愛用のものをしっかり研いできました。
その結果は!
そんなにうまくいくはずがありません。恥かしい無惨な姿をお見せしてしまいました。真鴨と鶏では股関節の位置は違い、まして天然鴨は筋肉質で手羽元の関節はがっちりしており、何度ナイフを入れても外すことができず、見かねたお客様から、フォークではなくトーションを使ってい関節を折りなさいと助言を受けました。どのくらい時間がかかったか覚えていないくらいでした。しかも11月下旬なのに額は汗まみれでした。せっかくの食材と楽しい時間を台無しにしてしまったと心が折れる寸前でした(今だから笑)
そんな中お客様がかけてくださったのは、「骨にお肉がついているからナイフはしなりのあるものに変えたほうがいいよ。練習して来年はもっと綺麗にできるのを楽しみにしているから」と本当に救われる言葉でした。
シェフが最高の火入れをしてくれた鴨料理を食べ終えたお客様から「野村さんの捌いてくれた鴨とてもおいしかった」と声をかけてくださいました。その言葉は自分に頑張るようにとエールをいただいたように感じました。
スマートにサービスすることは簡単ではありません。繰り返しの練習が必要です。そうして初めてお客様がよろこんでくださるサービスとなるのです。そのことを強く感じたディナーでした。
今では毎年、狩猟期に入った頃、天然真鴨のデクパージュをさせていただいています。使用するナイフはしなりのあるカービングナイフです。以前より見ていただけるようになったのではと思っています(笑)
お食事の時間をさらに楽しんでいただけるような演出も取り入れていきたいと思います。
カテゴリー別記事一覧
過去のブログ記事一覧